日系企業紙媒体から外資系企業Web媒体制作へキャリアチェンジした感想

お給料交渉

こんにちは、今日もモリモリたべるっちまです。皆さんいかがおすごしでしょうか。

今回は、自分のキャリアチェンジについての感想を書きます。

私は武蔵野美術大学油絵学科を卒業後、高校生向けの進路情報誌の編集者になりました。そこでは、情報誌の本文作成、大学・短期大学・専門学校の広告作成、巻末の学校基本データ一覧の作成をしていました。一人または二人で300ページくらいのボリュームの雑誌を、常に複数担当していたので、作業には膨大な時間がかかります。休日出勤も当たり前。そんな中、一箇所でもミスがあると、始末書を持って社長に謝りに行かなければなりませんでした。

その会社をつくった人物は八十代のおじいちゃん会長だったのですが、彼は皆が残業をすればするほど喜びました。(残業代はわずかしか出ませんでした)雑誌の内容もユーザーである高校生が喜ぶものではなく、八十代のおじいちゃんが喜ぶものを作っていました。途中から私は、新卒一年目で母を亡くしたこともあり(一度しかない人生、こんなことをしていていいのだろうか)と疑問を持ち始めました。また長時間労働のストレスで痔になり、貴重な休日にボラギノールを買いに行き、その疑問はますます強まりました。

私は数カ月後に会社をやめました。新卒後、約二年で離職です。それから実家暮らしパラサイトシングルで貯めたお金で、半年間ドイツでフラフラ生活をしました。そこで多くの外国人(ドイツ人以外)がエンジニアであることに気がつき、(私も需要がある職業能力が欲しいわ~)と思い、帰国後、Webデザイナーになりました。Webデザイナーという職業を選んだ理由は、そこそこ需要がありそうで、自分でもできそうだったからです。この選択は、結果的に正解でした。

現在、私はWebデザイナー職になってから9ヶ月経ちます。私の業務は主に以下です。

・モックアップ
・バナー作成
・イラスト作成(必要があれば漫画も)
・簡単なコーディング
SNS戦略(解析してテスト)
・たまに動画編集

Web媒体では、紙媒体よりもリアルタイムでデータがとれるという特徴があります。作業をする根拠が、データによるものだと(バナーのクリック数が低いのでデザイン改修など)、作業に必然性があるのでモチベーションがあがりました。前職では、ユーザーではなくおじいちゃん会長の要望にこたえるため、謎のタイミングで謎の作業をしていたのでモチベーションがだだ下がりでした。

また、現職から外資系企業で働いています。入社時、契約書がしっかりしていて驚きました。セクシュアルな発言をしてはいけないと記載されていたのに、新鮮な気持ちになったことを覚えています。また、契約書は英語の横に日本語が併記されていました。日本語はあくまで補足的な存在で、訳に齟齬があった場合は、英語が優先されると書かれていました。福利厚生では語学学習代を負担してもらえます。本社とのやり取りは当然英語なので、私も努力しなければなりません。現在、英語を習いながら、NHK入門ビジネス英語の音声を聴いています。

キャリアチェンジをした結果、キャリアチェンジを肯定的にとらえるようになりました。もともと大企業福利厚生ばっちり高収入エリートならともかく、制作職であるならば転職はわりと普通なことだと思います。職の需要は時代によって変わりますし、自分をとりまく家庭などの環境や健康状態だって変わります。むしろずっと同じところにいる方が、不自然なのではないだろうか?そう考えるようになりました。

以上は、あくまで私個人のお話です。「すんごいキャリアを築きあげ、キラキラしています」みたい状態ではないのではないので、参考になるかはわかりません。二十代後半、ゆとり世代、制作職の一例として記録に残しておきます。皆さんが、ベストなキャリア人生を歩めますように。

追記
①現在、平日五日間定時帰りで痔もすっかり沈静化しました。皆さんも臀部(お尻)をご自愛下さい。

②外資系企業のお給料は、日系企業のように年功序列的にあがっていく可能性は低いです。自分で市場調査をして、お給料交渉をする必要があります。(私はまだやったことありません)「お給料交渉なんて面倒くさいよ~」という方は、あんまり外資系企業に向かないかもしれません。

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